【読んだ本】三月は深き紅の淵を/恩田陸

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いやー、唸りました。
これを読まずして恩田読者をかたることなかれ、です。
ほんと、スゴい。
ともかくこれほどまでに作品世界を構築した小説というのは
読んだことがありませんでした。
物語が物語自身のために存在している…、
まさにそういう世界に遭遇した感じです。

しかし、ここは心を落ち着けて、
いつも通り(ってどんなだ?)に書こうと思います。
(けど、長くなると思う…w)

恩田陸さんの「三月」シリーズの
まさに一冊目にあたる、『三月は深き紅の淵を』。
この一連のシリーズは、

(1)『三月は深き紅の淵を』(1997/07)
(2)『麦の海に沈む果実』(2000/07)
(3)『黒と茶の幻想』(2001/12)
(4)『黄昏の百合の骨』(2004/03)

の順で刊行されています。
もちろん刊行順に読むのが好ましいのでしょうが、
シリーズものであることを知らなかった私は、
まず(2)『麦の海に沈む果実』を手にとってしまい、
そこでこれがシリーズ2作目であることを知るものの、
(4)『黄昏の百合の骨』が、(2)の主人公・理瀬のその後を描いた物語であることを聞いて、
(4)へ行ってしまいました。
そしてようやく今回、(1)『三月は深き紅の淵を』にたどり着いたというわけで、
(3)『黒と茶の幻想』は未読、という状態です。

ここで、次に(2)を再読するか、未読の(3)へ行くかは悩みどころですが、
ひとまずそれは置いといて、本作『三月は深き紅の淵を』について。
この物語は、4つの短編から構成されています。

第一章「待っている人々」
第二章「出雲夜想曲」
第三章「虹と雲と鳥と」
第四章「回転木馬」

第一章では、4人の老人たちが、
「三月は深き紅の淵を」という不思議な魅力を持つ“幻の小説本”について、
一人の若者に、それがどのような物語で、いかなる魅力を持っているのかを、
熱っぽく話して聞かせ、若者もその本をぜひ読んでみたいと感じます。

老人たちの話す、その幻の本とは、
私家本として出版され、作者のごく親しい人にだけ条件つきで配布されたもの。
しかし本には著者の名前が無く、しかもこの本には“約束ごと”があり、
決して人に譲ってはならず、貸して良いのは一人だけ、しかも一晩だけという条件なのです。

しかも、その後なんらかの事情で、配布された本の多くが作者によって回収されてしまい、
今となっては見つけることすら難しい稀覯本になっている上に、
回収を断った人たちも“約束ごと”を守り続けているので、読んだことのある人も極めて少なく、
4人の老人も、全部を読んだことがあるのは、そのうち2人だけだという。

4人の老人が催す3日間の春のお茶会に招かれた若者は、
大量の蔵書で溢れかえるこの家のどこかにあるはずの「三月は深き紅の淵を」が、
一体どこに隠されているのか、あるメッセージを元に推理せよ、と挑まれます。

第2章の「出雲夜想曲」では、2人の女性編集者が、
“幻の名作本”と編集者の間でも噂される「三月は深き紅の淵を」の作者を訪ねるために、
夜行列車で出雲へと旅をします。

第3章は、2人の美しい少女が崖から転落死するところから始まります。
少女らの同級生や、ボーイフレンド、家庭教師だった大学生たちが、
それぞれに事件に疑問を抱き、いろいろと話をするうちに、
2人は異母姉妹だったことが判り、2人が転落死した事故の真相に迫っていきます。

第4章は、この『三月は深き紅の淵を』を書こうとしている作家のモノローグで語られます。
物語を4部構成で書き上げようと考えた作家は、第3章までを書き上げたものの、
第4章「回転木馬」の書き出しをどうするか、あれこれ思索をめぐらせています。
と、同時に第2章を書くために出雲へと取材旅行へ出かけた作者の姿が、
第三者の目線で描かれているかと思うと、
かたや、陰鬱で荒涼とした湿原の丘の上にある帝国のような学園に、
理瀬という少女が転入し、そこで次々と恐ろしい事件に巻き込まれるという、
不思議なストーリーが断片的挿入されています。
作家自身が語る現在の思考、少し以前の作家の姿を描くスケッチ、
そして不思議な学園帝国物語の断片的なイメージが交錯しつつ、
作家はついに「三月は深き紅の淵を」の第一部を書き始めます。

すべてを読んで、この『三月は深き紅の淵を』という作品が、
恐るべき物語だということに気付くのです!

この『三月は深き紅の淵を』という作品が描かれた時点で、
同じタイトルの本が2冊存在することになっています。

ひとつは私が読んだ本書、『』で括った『三月は深き紅の淵を』で、
第1章「待っている人々」から第4章「回転木馬」までで構成されています。
そしてもう一冊が、本書の中に出てくる、「」で括った「三月は深き紅の淵を」、
実はこちらも第一部から第四部までの四部構成の作品で、
4人の老人たちがその魅力について語り、
2人の女性編集者が、不明とされている作者を訪ねて旅をします。

この二つの『三月~』と「三月~」は、驚くほど巧みに重なり合って、
「劇中劇」とか「入れ子式小説」というような単なる形容では、とても表現できない、
いくつもの物語が行きつ戻りつしながら互いに相関関係を持ち、
きわめて精密かつ巧妙に、そして丹念に構成された、
ひとつの大きな作品世界が作り上げられているのです。

第二章で、出雲行きの夜行列車の中で女性編集者が語った、
「物語というものは、書き手のためでもなく読者のためでもなく、物語自身のために存在する」
という考えを具現化する過程を、
第四章で恩田陸自身が独白しているというように読むことができます。

なんという…!恩田陸という作家は!
読んでいるこちらまで、物語の中の虚構と、
読書をしているという現実が地続きになってしまいそうです。
読み終えたとき、本当に驚愕しました。

そして、刊行の順に読んでいれば、
一連の「三月」シリーズをもっと楽しめたのではないか、という思いと同時に、
私の(2)→(4)→(1)という読書順は、一見メチャクチャなようでいて、
案外“セーフ”だったということが判り、ホッとしました。


三月は深き紅の淵を』 恩田陸 著
講談社文庫 \700-

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この記事へのコメント

chiekoa
2006年03月10日 17:16
なんかもう驚愕とかそういう既存の言葉じゃ表せないくらいですよね、この…この心にうずまくものは!あぁ、読書って楽しい。しみじみ思います!
こばけん
2006年03月10日 18:24
>ちえこあさん
TBとコメントありがとうございます。
作中でも語られていましたが、読み終えたのに物語の断片のようなものがいつまでも心の中に渦巻いていて、作品の世界を引きずるような感覚ですよね。
読み終えて私の口から出てきた言葉は、「・・・すげぇ・・」でした。なんて陳腐な…(T_T)
なな
2006年03月10日 22:05
私、この本はブログを初めてちょっとして感想を書いたので、
書くことになれてなくてなんだか簡潔すぎて…
こばけんさんのレビュー読んで
読んだ後のドキドキを思い出しました。

読む順番、意外とこばけんさんの順番が
4章の物語がよくわかっていいのかもしれません。

ブログ引越ししました。(いまだ移転中ですが)
新しいブログからTBさせていただきました。
こばけん
2006年03月11日 01:34
>ななさん
コメントとTBありがとうございます。

私もブログ始めて半年弱、少しは書くことに慣れてきたかな、って感じですが、生来、書くより喋るが性に合ってる私なので、どうも文章がばらんばらんになってしまいがちです。もっと上手く書けるようになりたいなぁ、と思っている盛りなんですが、むずかしいです。

読む順番、『三月』より先に『麦海』を読んでいたので、たしかに第四章は読みやすかったと思います。まるで予備知識なかったら、かなり戸惑ったと思いますし。でも、その戸惑いも恩田作品の楽しみなのかな、と思ったりもするのです。
ねね
2006年04月03日 21:46
今日読み終わりました。
第三章まではすいすい読んでいたのですが、
第四章に入ったとたん何度も行きつ戻りつしながら読みました。
それこそ回転木馬のようでした。

文庫本は、ちっちゃいのに、
読んでいるうちに頭の中に大きな世界が広がりました。

素敵な本をご紹介いただき、ありがとうございます。
次は『麦』を読みます。
こばけん
2006年04月04日 01:02
>ねねさん
うれしいなぁ。
私の記事がきっかけで新しい本に出会ってくれる人がいるのって、
すごく不思議な感じです。
しかも気に入ってもらえたみたいで、さらに嬉しいです。

第四章、行きつ戻りつしてしまうの解ります。
『麦海』を読んだあとにもう一度さらってみると良いかもしれません。
ものすごく合点がいくと思いますよ。

そしてこの「三月」ワールドは、『黒茶』『黄昏』と続いていくのです。
これでねねさんも恩田ワールドの虜ですね(笑)
まじょ。
2006年05月29日 23:34
コメント&TBありがとうございました!
こばけんさんのレビューを読んだあとに自分の記事を読むと…なんともお恥ずかしい。このレビューから「三月シリーズ」へのこばけんさんの愛がビシビシと感じられます。
これから刊行順に「三月シリーズ」を楽しんで、この世界観にじっくり酔いたいと思います。読了後にはまた参りますね!
こばけん
2006年05月30日 02:36
>まじょ。さん
TB&コメントありがとうございます。
刊行順!いいですね!ぜひそれで。

私のレビューはどうしても説明的になっちゃうんですよね。
まじょ。さんのレビューは感想に重きが置かれていて、“その作品をどんなふうに感じたか”が解りやすい内容になっていると思います。
実は私もそういうふうに書きたいと思っているんですが、性分なのか、どうしても未読の人に紹介するかのような書き方になってしまうんですよねぇ。。
と内省しつつ、まじょ。さんのまたのお越しをお待ちしております。
やぎっちょ
2006年09月09日 20:34
こばけんさん
こんばんは。「麦の~」を読んだ時のコメントでオススメしていただいた「三月~」読みました。
全ての原点になっているんですね。なんだか不思議な読後感で、疑問もたくさん残りましたが、これで「黄昏~」や「黒と茶~」の方を安心して読むことができそうです。
こばけん
2006年09月10日 06:27
>やぎっちょさん
コメント&トラバありがとうございます。
「黄昏~」は理瀬の後日譚として単独で楽しめますが、「黒茶」はまたまた「三月」にループしますよ。
恩田ワールドのぐるぐるぐるぐるする感じが良いのです

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